事業再編とM&A
2003.04
1.事業会社を取巻く環境の変化
バブル経済の崩壊は、不動産や株式を中心とした価値の下落をもたらし、金融機関に多額の不良債権を発生せしめ、今日の日本経済低迷の引金となりました。不良債権処理に関しては、未だにその迅速な処理の必要性が訴えられている状況にあるといえるでしょう。「貸し渋り」という言葉に代表されるように、金融機関の信用創造機能は失われ、徐々にメインバンク制度は崩壊しつつある状況にあります。
このような状況の中、不動産や株式等の含み経営を是として規模の経済を追求するこれまでの経営スタイルが、効率性という視点を欠いた企業経営であったと認識され、多くの企業はROA・ROE、EVA等の収益性を示す財務指標やキャッシュフローを重視する経営を選択するようになってきました。2002年に公表された「金融再生プログラム」においても、収益性やキャッシュフローの改善を観点とした再生手続きの重要性が指摘されており、企業の低収益性を改善し、また過剰供給にある産業構造を適正水準に構造変換し企業を再生していくことが不良債権処理に繋がると指摘されています。また、「企業は誰のものか」という視点では、コーポレートガバナンスの必要性が唱えられており、これまでの多様な利害関係者であるステークホルダーを中心とした利害関係者資本主義から、株主であるシェアホルダーを中心とした株主資本主義へと経営のパラダイムが大きくシフトしてきました。このようなパラダイムシフトは、企業に「透明性の確保」、「アカウンタビリティ(説明責任)」を強いる結果となり、より資本効率を追求した企業経営を迫ることとなりました。すなわち、企業価値(=株主価値)を極大化することが企業経営者にとって最優先すべきテーマとなったといえるでしょう。
資本効率を追求するためには、無駄を省き効率の良いものに投資するという行為が必要になります。「選択と集中」をキーワードにした事業の再編は、このパラダイムシフトの流れを受けて益々加速化しています。このような視点から企業経営を考えるとき、M&Aは事業再編を効率的に、かつ機動的に行うための有効な処方箋のひとつといえるのではないでしょうか。
2.M&Aに係る法的基盤の整備
近年、企業の事業再編にとって追い風となる規制緩和措置としていくつかの法律改正が行われています。これら法的基盤整備の進捗には目覚しいものがあり、事業再編を目的としたM&Aが今後加速度的に増えていくことが期待されています。
A 独占禁止法の改正(1997年12月施行)
企業グループ経営の効率化、企業グループ再編の容易性の確保、企業合併の障害回避を目的として、独占禁止法9条が大幅に改正され、持株会社の設立が「原則禁止」から「原則自由、例外禁止」とされました。また、同時に具体的なガイドラインも示されたことにより、実効性の高いものとなっています。持株会社の一般的なメリットは、(1)本社コストの削減、(2)法的・会計的独立性による経営責任の明確化、(3)企業行動の機動性確保、(4)事業の買収・売却の容易性確保、(5)ブランド名の統一化、(6)子会社の事業リスク遮断による新規事業展開への進出の機動性確保等が挙げられます。
B 株式交換制度・株式移転制度に係る商法改正(1999年10月施行)
本制度は企業グループ再編の一つの手法として創設された制度で、完全親子会社の関係を作ることを容易にします。
この制度の特徴としては、(1)買収資金が不要、(2)債権者保護手続きが不要、(3)検査役検査が不要、(4)譲渡益課税の繰り延べが可能、等々が挙げられ、持株会社設立には最も適合した制度と言われています。
C 民事再生法(2000年4月施行)
従前の和議法に代わって創設された法律で、和議法に比してその申立要件や手続きが簡素化されているため、債権手続きの着手が迅速化されることでその実効性が評価されています。これにより、従来のような長期に渡っての将来利益を原資とした債権者への弁済ではなく、優良部門の売却代金により債務弁済を行い、その後旧会社を清算させるといった、短期的に再生手続を終了させることを目的とした営業譲渡が増えることが予想されています。なお、法施工後1年間の申立件数は約816件で、うち80%弱に相当する641件が開始決定を受けています。
D 会社分割法(2001年4月施行)
株式交換・移転と同様に、企業グループ再編の一つの手法として創設された制度で、会社単位の再編だけでなく、グループ事業単位での再編が容易になりました。これにより事業単位での分社化や他社との共同事業の組成が法的に担保されたことにより、企業グループの中での事業ポートフォリオの見直しが容易となり、持株会社や株式交換・移転制度との組合せによる事業再編が加速化することで、企業の収益力が回復されると期待されています。また、このような動きが具体化する中で、コア事業に特化する気運も高まり、ノンコア事業の第三者への売却が増えてくることも予想されています。
E 企業組織再編税制(2001年4月施行)
企業グループの再編時に発生する税務コストを軽減することで、企業グループ再編を促し、企業活動を効率化し、活性化させることをひとつの目的として税制が改正されました。具体的には、税制上適格となる要件を満たした場合には、企業グループ再編を目的とした会社分割、株式交換・移転、合併、現物出資、事後設立において、譲渡益課税の繰り延べ、登録免許税の軽減措置等のような税務上のメリットが享受できるので、低コストによる組織再編が可能となりました。
F 会社更生法改正(2003年4月改正)
現行の会社更生法は、昭和27年に制定されたものであり、これまでに一部改正されたことはあるものの、その後の社会経済情勢の変化が著しく、厳格な更生手続きであるがゆえにその非効率性が指摘されていました。今回の改正(予定)の骨子は、(1)手続きの迅速化、(2)手続きの合理化、(3)再建手法の強化、という観点から見直されています。これにより、事業の維持更生をより一層合理的かつ機能的に図られることが期待されています。
3.急増化するM&Aマーケット
日本においてはこれまで、「M&Aは乗っ取りである」というネガティブなイメージが先行していたため、企業経営者はM&Aを経営の選択肢として積極的に利用していませんでした。しかしながら一方で、1960年代には規模の経済を追求したM&Aが行われ、また、1980年代後半には事業の多角化を追求したIN-OUT型(国内企業が海外企業を買収)のクロスボーダーM&Aが多く行われています。1980年代にクロスボーダーM&Aが多く行われた背景としては、日本経済全般がバブル経済の真っ只中にあり、かつ、エクイティファイナンスや銀行を中心とした間接金融を通じて、低コストで大量の資金を確保することが容易だったことが挙げられます。しかしながら、全体としては企業経営を効率化させることを目的としたM&Aが活発に行われていたとは言い難かったといえるでしょう。戦後の国策的産業政策において強く根付いたメインバンク制度のもとでは、不採算事業に対してでも資金供給が円滑に行われたため、健全なガバナンスが機能せず、企業経営者が企業価値(株主価値)を創造する必要に迫られてなかったことがその主因であるといわれています。
ただ、先述の通り、ここにきて事業を取り巻く環境は180度変わってきています。「貸し渋りによる信用創造機能の崩壊」や「株主資本主義の台頭」は、メインバンク制度による株式持合や「系列」というような日本的経営の代表といわれてきたシステムを大きく崩壊させる引金となりました。こうした状況の下、企業価値創造を目的としたM&Aは企業経営の選択肢のひとつとして徐々に認知されつつあり、2000年度には実に1,635件ものM&Aが行われました。これは1998年度の取引件数の約2倍に相当するものですが、以降この流れは継続しており2002年度においても1,752件となっています。
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4.フィナンシャルバイヤーの出現
M&A取引が増加し、注目されるようになってきたひとつの要因として、フィナンシャルバイヤーと呼ばれる投資ファンドの出現が挙げられます。
投資ファンドの資金は、その資金的性格上、オルタナティブ投資という範疇に分類されます。一般的にオルタナティブ投資とは、現金・預金や株式、債券と言った伝統的な資産以外のものに投資することを指します。ウィリアム・シャープは著書「Investment」の中で、オルタナティブ投資を「公開市場で取引されていないか、活発に取引がされていない全てのタイプの資産」と定義しています。投資ファンドは、俗に「MBOファンド」とか「バイアウトファンド」と呼ばれており、従来のベンチャーキャピタル投資とともにプライベートエクイティ投資のひとつとして市場に認知されつつあり、日本だけで1兆5千億円ともそれ以上ともいわれる資金が集まっています。以下、この投資ファンドの投資スキームをいくつかご紹介します。
■ノンコア事業子会社の売却
子会社の経営陣・従業員が投資ファンドとともに独立する投資手法で、MBOの基本的スキームです。投資ファンドは持株会社を通じてターゲット企業の株式の過半数を取得し、現経営陣とともに企業価値をビルドアップしていきます。多くの場合は、3-5年後の株式公開を目標としており、急成長はないものの比較的安定したキャッシュフローを生み出している企業がターゲットとされています。
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■リスクマネー導入による事業拡大戦略
投資ファンドの資金(リスクマネー)により、機動的に同業他社を買収し企業価値を高めていく手法です。淘汰の激しい業界においては、機動的にライバル企業を買収し事業拡大していくことが求められますが、本スキームはその買収資金を投資ファンドから提供を受ける仕組みとなっています。このようなリスクマネーを利用し、M&Aにより事業拡大していく戦略は、グロースキャピタル戦略と呼ばれています。
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■大企業のノンコア部門のスピンアウトに投資ファンドの資金を導入
営業譲渡や会社分割等を利用し、ノンコア部門撤退の際に投資ファンドへ売却するケースです。ノンコア部門の従業員は投資ファンドを株主として、名実ともに独立した経営形態となり、基本的には3-5年後の株式公開を目指しますが、オプションとして数年後に投資ファンドより株式を優先的に買い戻す権利を売り手企業が取得することも可能です。
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■外部のパートナーとの協働によるバイイン型投資
投資ファンドと協働で同業他社を買収し、企業価値を高める戦略です。マイノリティ出資にて投資していくので、投資期間中はオフバランスとなりますが、将来的に投資ファンドの株式を優先的に買い取ることも可能です。
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5.M&Aの手法
M&Aの目的は、企業価値の創造です。変化の激しい時代にあっては、企業経営においてもスピードが求められています。事業の撤退に時間を要したり、一から新しい事業を育てていては乗り遅れてしまうことも多々あります。時間の節約というM&Aの最大のメリットを効率的に機能させるためには、最適な手法を駆使する必要があります。M&Aの各手法のメリット・デメリットを簡単にまとめてみました。
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6.M&Aの成功の意味と本質的リスク
M&Aは成功すれば大きなリターンをもたらしてくれますが、そのトレードオフとしてリスクも内包されています。私たちは、的確なリスクコントロールなくしてM&Aの成功はないと考えています。以下、M&Aの成功の意味と本質的なリスクを表にまとめています。
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前述のとおり、私たちはM&A成功の秘訣は各プロセスを的確・適切にコントロールすることにあると考えていますが、その中でも最も重要なポイントは、デューデリジェンス(買収詳細調査)、バリュエーション(企業価値評価)、ストラクチャリング(買収及び売却形態)の3つであると考えています。
■デューデリジェンス
通常、買い手は売り手と比べ、売り手企業の情報が圧倒的に不足しています。デューデリジェンスは、この「買い手と売り手の情報の非対称性」を緩和にするために必要な行為で、ファイナンシャルデューデリジェンス、ビジネスデューデリジェンス、リーガルデューデリジェンスの3つに大きく分類されます。買収ターゲットを財務的視点、ビジネス的視点、法的視点から詳細に調査することにより、相手の現状を正確に把握することとなり、買収後のリスクを最小化することが可能となります。また、デューデリジェンスで判明した事項を的確に買収価額に反映させることも必要です。たとえ、ビジネス的に見て非常に魅力的な相手であっても、デューデリジェンスの結果、財務的なリスクが買い手にとっての許容範囲を超えていることが判明すればM&Aを中止することもあり得ます。
■バリュエーション
M&Aの場合には、株式市場のような客観的な価格はありません。A会社にとっては20億円の価値が、B会社にとっては25億円になる場合も多くあります。最も重要なことは、「誰にとっての企業価値か」ということです。買い手にとっての企業価値は、自己の事業とのシナジーを反映した将来キャッシュフローの現在価値であるとしたディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法(DCF法)で算定するケースが多いといえるでしょう。買収する事業からその投資期間に10%以上の期待収益率を享受したい買い手と、8%以上であれば良しとする買い手とでは企業価値評価額が違います。一方、売り手にとっての事業価値は、時価純資産法(これに営業権が加算されるケースあり)、類似会社比準法やDCF法等様々です。誤解を恐れずにいえば、高く評価できればどの評価方法でも構わないといのが、売り手企業の一般的な考え方です。また、これら以外にも業界特有の取引慣行に準拠した価値算定方法もあります(例:売り手企業の有する顧客数×10万円=企業価値)。
■ストラクチャリング
株式交換・移転、会社分割等の商法改正、企業再編税制や連結納税制度等の税制の創設に伴い、M&Aの選択肢は増えてきました。この「糊とハサミ」の使い方を間違えると、予期せぬコストの発生を招いたり、買収後の事業統合が非効率になってしまいます。ストラクチャリングは、M&Aの成功への決定要素のひとつとして慎重に検討する必要があります。
例えば、売り手が個人の時などの場合、株式譲渡では株式譲渡益課税26%が適用されますが、株式交換を利用し、かつ源泉分離課税を申告すれば、税率は1.05%となります。また、売り手が法人の場合でも、受取配当金の益金不算入を利用すれば株式譲渡前に配当金として配当を受けた分だけ株式の譲渡対価を減じることで買い手の実質的な資金負担額は同じであるにもかかわらず、売り手の税引後手取額は増加します。
上記はほんの一例に過ぎませんが、このように会計・税務上のルールを上手く利用することにより、買収コスト(売却コスト)を低減させることが可能となります。
7.M&Aファイナンシャルアドバイザーの役割
ファイナンシャルアドバイザーは買い手(売り手)のどちらか一方の立場に立って、M&Aを成功へ導くための的確・適切なアドバイスを行う役目を担っています。その中でも、交渉におけるバッファーとしての役割は重要です。当事者同士が直接交渉する場合、とかく感情的になりがちであり、特に価格交渉時に冷静に交渉を行うことができずに、ディールそのものを潰してしまうことも多々あります。このような場合に、アドバイザーを通じていれば遠慮なしの要求をぶつけることも可能となります。また、買収戦略策定(売却戦略)にあたっても、「いくらぐらいで買うべきか(売れるのか)」とか、「買収手法(売却手法)はどの手法を選択すべきか」などもアドバイザーの腕の見せ所となります。当然、リスクを限定的にするためにもデューデリジェンスのポイントなどをアドバイスするのもアドバイザーの重要な役割となります。一般的にアドバイザリーフィーは高額となっていますが、有能なアドバイザーであれば例え高額な報酬を支払ったとしても、結果的に安く買収できる(高く売却できる)確率は高くなります。
逆に、アドバイザーに求められる資質は、交渉のバッファー機能とリスクコントロール機能に集約されると言い換えられるのではないかと考えます。
大阪事務所 コーポレートファイナンス部
